プーマやアディダスなどのスポーツブランドとデザイナーのコラボーレーションに代表されるように、スポーツウェアがモードに与える影響は大きい。競技本来の目的のために機能性を追及したスポーツウェアであるが、ファッション面から見るとフィールドは、オールラウンド。ユニフォームとしてではなく、流行を左右する一アイテムとしてカジュアルスタイルにははずせない。そもそも、スポーツウェア、つまり競技服がファッションとして捉えられるようになったのは、 今に始まったことではない。歴史を遡ると、ポロシャツやTシャツは、スポーツを通じて発展したアイテムなのである。
ポロシャツは、元々はテニスに着用するテニスシャツだった。このシャツが脚光を浴びたのは、伝説に残るある二人のテニスプレイヤーによる。それは、 1926年と27年に世界ランキングナンバー1の栄光に輝いたルネ・ラコステと、1936年にウィンブルドンで前人未到の3連覇を達成したフレデリック・ジョン・ペリー。両氏は、自らが開発した、快適で実用的なテニスシャツを着用して優勝戦に臨んだ。 当時のテニスウェアは、白のコットンシャツに白のパンツ。ラコステは、動きやすく快適なテニスウェアを求めてニットの白いシャツを開発した。フレデリック・ジョン・ペリーも同様で、身体にフィットするテニスウェアを生み出し、「フレッド・ペリー」という彼の愛称をつけた。ゆったりとしたシャツが流行していた時代だけに、このシャツは画期的。エリザベス女王にシャツのメリットを聞かれ「女王様、この服はフィットするのです」と言った彼の言葉はあまりにも有名である。
その後テニスシャツは、ポロなど他のスポーツでも取り入れられ、"ポロ"シャツと呼ばれるようになった。ラルフ・ローレンがポロシャツを有名にしたが、ポロシャツのルーツはあくまでもテニスなのだ!
一方、Tシャツはサッカーに由来している。サッカーは、1850年代のイギリスで発展を遂げた。当時のサッカーウェアは、イギリスやヨーロッパの著名サッカークラブにおいても、基本はクルーネックのカラーTシャツだった。それ以前、Tシャツはアンダーウェアだったが、着心地もよく吸汗性に優れているため、サッカークラブがスポーツウェアとして採用。赤、青、黄色、ストライプなどのベースカラーに、エンブレムを付けるなどして、個々のチームのアイデンティティを表現した。イングランド代表チームのユニフォームで、最も有名なデザインのひとつ、赤×白のデザインのTシャツをご存知だろうか? これは、1966年にイギリスがワールドカップ優勝をおさめた時のもので、アイデンティティの象徴、メッセージを伝える手段であった。
このような歴史的背景をもつポロシャツやTシャツを、ORIHICAではスタイリッシュな日常遣いのアイテムとして提案。ポロシャツは、カジュアルからセミフォーマルまで自在に着こなせるものとして。Tシャツは、音楽やアートからインスパイアされたアイコンをリミックスし、オリジナルスタイルを打ち出している。スポーツウェアのファッション性の変貌は、ますます目が離せないものとなるであろう。


歴史的背景をもつポロシャツやTシャツを、ORIHICAではスタイリッシュな日常遣いのアイテムとして提案。
70年代以降の英国ファッションシーン全ての目撃者であり、日本のファッション業界に深く精通している英国人。英国マンチェスター大学でファッションデザインを学ぶ。マルベリー社、マッキントッシュ社においてクリエイティブ・ディレクターを歴任。その後、英国貿易産業省(DTI)にてエクスポート・プロモーターとして数多くの英国人デザイナーやブランドの日本進出をサポートした。
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プーマやアディダスなどのスポーツブランドとデザイナーのコラボーレーションに代表されるように、スポーツウェアがモードに与える影響は大きい。競技本来の目的のために機能性を追及したスポーツウェアであるが、ファッション面から見るとフィールドは、オールラウンド。ユニフォームとしてではなく、流行を左右する一アイテムとしてカジュアルスタイルにははずせない。そもそも、スポーツウェア、つまり競技服がファッションとして捉えられるようになったのは、 今に始まったことではない。歴史を遡ると、ポロシャツやTシャツは、スポーツを通じて発展したアイテムなのである。
ポロシャツは、元々はテニスに着用するテニスシャツだった。このシャツが脚光を浴びたのは、伝説に残るある二人のテニスプレイヤーによる。それは、 1926年と27年に世界ランキングナンバー1の栄光に輝いたルネ・ラコステと、1936年にウィンブルドンで前人未到の3連覇を達成したフレデリック・ジョン・ペリー。両氏は、自らが開発した、快適で実用的なテニスシャツを着用して優勝戦に臨んだ。 当時のテニスウェアは、白のコットンシャツに白のパンツ。ラコステは、動きやすく快適なテニスウェアを求めてニットの白いシャツを開発した。フレデリック・ジョン・ペリーも同様で、身体にフィットするテニスウェアを生み出し、「フレッド・ペリー」という彼の愛称をつけた。ゆったりとしたシャツが流行していた時代だけに、このシャツは画期的。エリザベス女王にシャツのメリットを聞かれ「女王様、この服はフィットするのです」と言った彼の言葉はあまりにも有名である。
その後テニスシャツは、ポロなど他のスポーツでも取り入れられ、"ポロ"シャツと呼ばれるようになった。ラルフ・ローレンがポロシャツを有名にしたが、ポロシャツのルーツはあくまでもテニスなのだ!
一方、Tシャツはサッカーに由来している。サッカーは、1850年代のイギリスで発展を遂げた。当時のサッカーウェアは、イギリスやヨーロッパの著名サッカークラブにおいても、基本はクルーネックのカラーTシャツだった。それ以前、Tシャツはアンダーウェアだったが、着心地もよく吸汗性に優れているため、サッカークラブがスポーツウェアとして採用。赤、青、黄色、ストライプなどのベースカラーに、エンブレムを付けるなどして、個々のチームのアイデンティティを表現した。イングランド代表チームのユニフォームで、最も有名なデザインのひとつ、赤×白のデザインのTシャツをご存知だろうか? これは、1966年にイギリスがワールドカップ優勝をおさめた時のもので、アイデンティティの象徴、メッセージを伝える手段であった。
このような歴史的背景をもつポロシャツやTシャツを、ORIHICAではスタイリッシュな日常遣いのアイテムとして提案。ポロシャツは、カジュアルからセミフォーマルまで自在に着こなせるものとして。Tシャツは、音楽やアートからインスパイアされたアイコンをリミックスし、オリジナルスタイルを打ち出している。スポーツウェアのファッション性の変貌は、ますます目が離せないものとなるであろう。


歴史的背景をもつポロシャツやTシャツを、ORIHICAではスタイリッシュな日常遣いのアイテムとして提案。
70年代以降の英国ファッションシーン全ての目撃者であり、日本のファッション業界に深く精通している英国人。英国マンチェスター大学でファッションデザインを学ぶ。マルベリー社、マッキントッシュ社においてクリエイティブ・ディレクターを歴任。その後、英国貿易産業省(DTI)にてエクスポート・プロモーターとして数多くの英国人デザイナーやブランドの日本進出をサポートした。